2009/08/07 14:57
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出産後、実家に滞在させてもらってる間に、実家にあった
グランドピアノが知り合いのおうちにもらわれていった。
といっても元々アップライトのピアノもあったので、
アップライトは残っているのだけど。
グランドピアノは私が中学3年の時に、音楽高校目指して
毎日練習していた私の為に、おばあちゃんが買ってくれたもの。
当時うちに来ていた調律師さんの関係で譲ってもらった中古で
外側は傷があったけど、音大行ってる学生さんかなんかが弾き込んだものとやらで、
よくあるヤマハとかじゃない種類。
中古でも中身を一部新しく新調したとかで音はわりと良かったな。
中学生の時、ひょんな流れから某有名な音大の先生に習うことになり、
先生が『音楽高校目指してみませんか?』と言ってくれたのに
のせられ、その気になって音高目指していたあの頃。
毎日学校から帰ってから3〜5時間くらいは練習していたなぁ。
音高目指すとなると、実技だけじゃなくて、聴音や音楽理論などの
ソルフェージュも必要になるから、途中からは通わせてもらっていたし、
音大の先生の指導は、中学生の私にとってはわかりにくい
ものだったので、週1のレッスン以外に、弟の習っていた
ピアノの先生が説明が上手でわかりやすかったので、その先生にも
定期的にレッスンを受けて相談にものってもらっていた。
まさにピアノ漬けの毎日。
同じソルフェージュのクラスに通う音高目指すピアノ専攻の子は皆
グランドピアノが家にあるのが当たり前みたいな世界だったけど、
お月謝だけでもかなりしていたので、まさかグランドピアノを
買ってもらえるなんて思っていなくて…。
でも、やっぱりアップライトとグランドじゃ音も弾き心地も違うから
グランドピアノを買ってもらえた時は嬉しくて仕方がなかった。
中学時代というのは私の場合、一言でいうと『暗黒時代』。
子供の頃から自分の意見を持つように育てられたこともあって、
中学時代は学校の先生にも色々と疑問を感じたり、
クラスメイト達に対しても
その行動が幼く見えてしまい、悶々と思うところがあった。
しかも閉鎖的な狭い世界だったから、ある意味、人生で
一番人間関係に一番疲れていた。
当時は一見真面目でおとなしそうな優等生タイプに見られて
いたけれど、ただ単に心を開いて自分らしくいられる場所が
ほとんどなかったし、うまく出すこともできなくて不器用だっただけ。
先生に媚びを売る気は全くないけど、反発して成績下げられて
希望の進路に行けなくなるのも悔しいし、仕方なしにおとなしく
していた。
でも心の中は結構冷めていたと思う。
中学生までは勉強もそこそこだったので、
(幻の時代はここで終わり、高校からはからきしダメだったけど(笑))
先生達は私を真面目でいいこだと思い込んで、変に頼りにされ
学校のこと色々やらされたりもした。
これがまた悩みどころで、お年頃の日本の中学生の場合、
人と違うというのも集団から異質と見られ、やりづらいので
出来るだけ目立たないようにしたり、悲しいけどあまり前向き
ではない努力をせざるを得なかった。
ある程度大きくなれば嫌なことがあっても様々なところで
知り合った旧友もいるから聞いてもらえるし、恋愛で
彼氏に甘えさせてもらったり、自分で選んだ趣味や習い事、
勉強に打ち込むことも出来るけど、中学生くらいまでは
そうもいかなかったから、辛かったなぁ。
だからピアノに打ち込んで無心になれたのは、本当に有り難かったな。







今日:
私も部活(水泳)があったから救われた、というか打ち込むことでギリギリ保ってたような気がする。
周りの人(親、友達、先生)たちはそこまでだとは思ってなかったと思うけど。
なので、気持ち、すごーくわかります。
大事なピアノだったんだね。
私、物に対する気持ちというか思い入れが人以上にある人なので(笑・でも真剣)、グッと来ました。
私はピアノはあの4年間は自分なりに(あそこでは落ちこぼれだったけど)まじめにやったけど、やめる高2までは気楽な趣味程度にだったんだぁ。
やめて15年近く経った今、ムショウに弾きたくなって、「大人のピアノ教室」に通おうか考えてるんだよ。脳の活性化のためにもね